« 2008年5月 | トップページ | 2012年5月 »

崖の上のポニョ

ようやく見ました。見ましたが、これって、普通に見ると

ハッピー・エンドに見えるんでしょうか!!??

ラスト、涙がボロボロ流れて、これほど残酷な映画は

久しぶりに見た!という気持ちは私の見方が悪かった?

きっとたいていの人が「人魚姫」や「リトル・マーメード」を

思い浮かべたと思うのですが、彼女たちは10代後半か

20代前半、それなりの覚悟を持った1個人として、自分で

人間になることを選択した。泡になる覚悟ももちろんあって。

でもポニョは幼児で、泡になる可能性も知らず、今後の

生活の約束もなく、海に帰れない話もなく、一時の激情で

人間になってしまう。もう一度、海に戻ろうとするならフジモトが

ものすごく苦労した人間を辞める魔術の道をポニョも歩むことに

なってしまう。第一、従来の御伽噺なら、親は率先して「人間に

なること」を手助けしたりはしなかった!それをアッサリ

「いいじゃないの」と受け入れてしまえる、海のお母さんの器量。

…いいのか?彼女に言わせると、すべてが兄弟だから

人間でも、魚でも、海の泡でも、みな生きているということ

なんでしょうけど、それは、海の女神の価値観です…よね。

決して裕福ではない、ソウスケ一家。これからポニョも

養わなければいけないのかと思うと、大変すぎます。

ポニョは魔力を全て失って普通の女の子になった。

彼女の未来は明るいものでしょうか?

もちろんそれはまた別の彼女の物語。

でもそれを考えたら、涙がこみあげてきたんです。

この映画を見て学んだのは、人魚姫のお父さんが何故

あれほど強固にアリエルが丘に上がることを許さなかったのか

その理由の半分。もう半分はもちろん父親の愛情でしょう。

そして、ソウスケとポニョの「ひまわりを探すボートの旅」

最初はポニョの魔法で動き出す冒険だけど、ポニョの魔力が

弱まっても、ポニョが眠ってしまっても、ソウスケは文句を言わず

自分がボートを押して泳ぎ、ポニョを守ろうとする必死な姿。

日本中たくさんいる「自分の都合でわがまま言う人たち」に

「文句言ってないで、自分ができることやるんだよ」って言葉なく

教えているようで、ものすごくよかったです♪

そうか…、美しいから海の女神とか観音様とは限らないですね。

彼女は海の母。女神で観音様で、そして海の魔女でもある。

この映画、設定資料とか、削られたコンテ、セリフを合わせると

ものすごい膨大な情報量になると思いますが、それを全部

分かって、もう一度見てみたいですね。

そういえば、ヨシエさんが言う「人面魚と津波」の話も

過去にポニョのようなことがあったかもしれないってことか。

世の中に文句を言うことでしか、他者と関われない

心を半分閉ざしたさびしがりのお年寄りにも、ソウスケは

ものすごく寛大でしたね。あの子の未来も見てみたいな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

「歓喜の歌」

ご無沙汰しております。

私自身がありがたくも忙しいのと、家族の入院などで

ほんとにTVを見る時間どころか、寝る時間もありませんが

久しぶりにドラマを見ました。

「歓喜の歌」

もちろん悪かったのはダブルブッキングをした職員。

でも女性コーラスのお母さんたちも、最初は聞く耳持たずで

見てる側からすると、どっちの態度も悪いなぁって思ったけど

それぞれの事情を見聞きするため、大泉さんが自ら

お母さんたちを尋ねて歩いて、見て、聞いて、彼女たちが

歌う理由、どれだけ歌が必要かというのを理解していく姿は

すごく現実的で、涙があふれました。シングルマザーのママが

車に駆け戻って、子供に「あなたも大切だけど、自分も大切」と

飾り無く、自分の本音をぶつけて、自分の子供に理解して貰おうと

する姿は、…賛否両論あるでしょうが、私は正しいと思いました。

「どうせ伝えなれない、分かってもらえないから、言わない」と

口を閉ざすうちに、心を閉ざしてしまう。親も子も。それなら本音で

ぶつかって、たとえ傷つけても、理解してもらう努力の方がいい。

コミカルにシリアスに、ものすごくテンポ良く描かれたドラマでしたが

ラストの第九は、ホントに女性コーラスかと思うほどの重低音で

圧巻でした!いつもはソプラノを引き立てるために、手加減している

アルトが思いっきり歌ってる迫力が、ホントにものすごかった!

女性コーラスだから「透き通って」「透明で」なんて概念が吹き飛ぶ

迫力と、愛情と、喜びに満ちた歓喜の歌、ホントに最高でした♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2012年5月 »