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ヘンデル オラトリオ「メサイヤ」

大変遅くなりましたが、ぽてさんのリクエストにお答えして

2000年12月の記憶を引っ張り起こしてみました。

VHSのビデオも探し当てました!NHKで午前1時くらいに

始まって「第九」→「メサイヤ」と朝5時近くまで録画かけてたので

3倍にしていたのが今では痛い!あの頃DVDレコーダーがあれば・・・。

クラシックに興味のある方なら「メサイヤ」と聞けば、うおっ!と

思うのですが、分からない方もいると思いますので、少し解説。

ヘンデルが1740年代に初演した楽曲で、演奏する際は今も

古い楽器を使います。詩は全て聖書から引用された宗教曲で

第2楽章の最後は、誰でも知ってる「ハレルヤ・コーラス」

学生の頃歌ったハレルヤは「高らかに響き渡り歌い締める曲」

だったと思うのですが、この楽曲の中で奏でられるのは

「神聖な主(ロード)の存在を喜ぶ、万民の声」という感じです。

2000人収容のクラシックの響きが比較的よいホールでした。

前から10列目くらいの真ん中あたり。クラシックの鑑賞としては

前過ぎた感じもありましたが、珍しい楽器も近くで見られました!

ステージは幅もあって奥行きもまぁまぁのホールなのですが

並べられていた楽器と椅子の少なさにビックリしました。

やがて入ってきた楽団も、椅子の数に間違いは無く少人数。

コーラスにいたっては18人・・・?しかも、女性が7人だけ。

女性5人に対して男性1人と言われているコーラスなのに・・・。

でもソリストが入ってきて謎が解けました。この時代ってバス(男)

テノール(男)、カウンターテナー(男)、ソプラノ(女)なのですね。

もしかすると当時はソプラノも男性だったのかもしれません。

音が鳴り出すまで、日本の普通のホールだったのですが

第1楽章が始まったら、中世ヨーロッパのサロンになり

第2楽章に入る頃には、教会の響きになっていました。

第3楽章は、天と地、神と万民、神へ捧げる音楽という感じ。

音楽が伝わるというのは、こういうことなんだと感じました。

楽器も、コーラスも音量ではないんです。響きの格調高さです。

(あの人数で、あれだけの音が出るのであれば

 個々の音は相当ある計算になるのですが・・・)

ハレルヤは自己満足で歌い上げようと思ったら、大きな声で

高らかにとっても気持ちよく歌える曲なのですが、なんというか

主に語りかけるような、お祝いの曲だったのだなぁって。

宗教に関しては、もうホント全然分かりませんが、漠然と

「祝福」ってのは主が万民に与える「運」みたいなもんだと思って

いたのですが、違うなぁと。誰の上にもあって、自分の中にも

あり続ける主の存在、息吹、道筋、有り方を、万民が祝福し

万民に祝福され、信仰することで「主」も、そこに有り続ける。

この音を生み出したヘンデル、奏でる指揮者・楽団・コーラスが

その精神を共有していて、音楽というツールで、日本という

異国で、布教ではないけど、その精神を伝えようとしている。

言葉が通じなくても、伝わる響き、想い、精神。これが音楽。

VHSを見て改めて感じました。生の演奏を見られた幸運と

何かしらの影響を受け、感動して考えて、ブログというツールで

自分の心の言葉になっていない感情を整理することができ本当に

良かったと。振り返るきっかけになったぽてさんからのリクエスト。

リクエストのきっかけになった、ベリー夫人からの強奪バトン。

ブログの中での皆さんとの出会い。いろんな要因に感謝します。

~♪~♭~♪~♭~♪~♭~♪~♭~♪~♭~♪~♭~♪~♭

・・・自分のブログ読み返していて、とあることに気が付きました。

私、小さい頃から、音楽や観劇、映画に対して両親から反対された

こと無かったんですね。「コンサート行きたい」→「行っておいで」

と即答されて、チケットも普通に遠慮無く買ってくれたなぁと。

両親は、そういう感動を自分で受け取って欲しいとずっと思って

いたんですね。30近くなってようやく、その心に気が付きました。

こんなに遅くなって申し訳ない、でも気が付けて良かった。

更に、ここで出逢った皆様に感謝です。ありがとうございます。

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ウーマンズ・アイランド

マキアージュの音色に誘われて見始めて、どっぷり見てしまいました。

最後、無料配布記事の冒頭を読み上げる篠原さんの言葉を

聞いて、涙が溢れてきました。この涙は何だろうと考えてみました。

悔し涙、情けない涙、自分のことを可愛そうだと思い込んで

色んなことから色んな理由をつけて逃げ回ってきたアホな自分を

嘲笑する涙。間違っても、男に見せる涙ではないですね。

今朝、荒川選手から、ものすごい感動を受け取りました。

でも、それさえも、私は侮辱していたことになるのかもしれない。

「キレイだから」「才能があるから」「愛されてるから」と。

そうじゃなかった。オリンピックのリンクにたった一人で立つこと。

そこに辿り着くまでの、見えない分からない苦労、苦悩、挫折。

でも、そこに行くと決めたのは自分。自分を信じ続けたからこそ

そこに立って、満足いく演技をすることができて、結果メダルと

たくさんの祝福が付いてきたんだということ。分かってなかった。

確かに私は、人より身体が弱い。けれど、それはどうしようも

ないことで、自愛して諦めて一生グズグズ悔やんでいようが

無理して身体壊してでも、欲しいものを掴み取ろうが

それは私が決めて進むべきことで、いずれ死ぬのは誰も同じ。

おそらく、スルツカヤ選手と私の心臓では、スルツカヤ選手の方が

悪いはずで、それは何もスルツカヤ選手だけじゃなくて

あのリンクに立った誰より、私は健康な身体かもしれなくて

そんな私が自分の満足いく人生を選ぶことが出来ないわけがない。

・・・やりたいこと、なりたい自分の姿は分かっている。

ちょっと無理しても、死にたくなるくらい傷ついても、また立ち上がれる。

やはり私は自分のことをまだ信じていない。本当にどこまで出来るか

試したことがない=試してみることが出来る→限界を知らないから。

未開発。発展途上。ドラマ風に言えば「私はまだピーク前」だったようです。

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雪・オリンピック・ヴァレンタイン

近況です。

まず愚痴。自然相手に、不満は募っても、愚痴は言うまいと思って

まいりましたが・・・さすがに滅入りました。12月から降り続き、すっかり

固まって凍ってカチカチになった雪が・・・数十センチ。この寝雪は

春になるに従って、徐々に融けていけばいいんです。間違っても

雨が降って、いっきにグシャグシャになられては困るんですってば!

外に出るたび、ズボンが泥水で汚れます。ヒドイときには、顔まで

泥が跳ね上がります。クツは毎日グチャグチャになるし、真冬なのに

8度もあったらコートに困るっつーの。春コートはまだクローゼットの中。

1、2月はダウンコートよ?汗だくになりやんす・・・。

ちなみに今年の雪かきの為、体重3キロ増+体脂肪6%減→筋力増強。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

予選落ち、失格、怪我のため棄権。競技結果としてみる日本選手団は

あまり振るわない内容になってますが、冬のオリンピックは運や天候

自分ではどうしようもないアクシデントの要素が強いように思います。

前の人がコケることによって、自分に降りかかるハプニングなんて

予想がつくはずがなくて、だからこそ場数や精神力が問われている

心のオリンピックでもあるんだとうと思います。そんな中で、ここまで

きたらメダルや点数を気にすることなく、自分の満足いくスタイルで

終えようという、意気込み、チャレンジ精神、とっても良いと思います。

20代前半の若者だらけです。心の強さ、上等じゃないですか、日本人。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、バラまいてまいりました、世話チョコ(いつもお世話様ですチョコ)

全部で21+1(自分用)個、合計11550円。これだけあったら・・・

なんてことも考えたりしますが、どうせ勝手に省けるイベントでもないので

自分が満足いくものを選んでプレゼントすることにしております。

今年はモロ●フの限定もの。食べてみましたが、さすがモ●ゾフ様。

ピンクのハートが甘酸っぱいクランキーイチゴ、黒いハートがほろ苦い

ビターチョコ。にくい演出でございました。ちなみに戻ってくる率は9割。

見返りを期待してるわけではなくて、私の感謝の気持ちなので

戻ってこなくても翌年あげますが、それがプレッシャーになってるなら

やめた方がいいのかなぁなんて思うこともあります。・・・まぁいいや

要らなきゃ捨ててくれていいんだから、それ以上は気にしないことにしよう。

だがしかし戻ってくるうちの9割、これもまたお菓子。大変じゃ(笑)

ちなみに残りの1割はぬいぐるみ。28のOLにぬいぐるみって(大笑)

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喪の女王3(流血女神伝)

盲点でした。前巻、喪の女王=バンディーガorネフィシカorカリエ?

なんてことを考えていたのですが、女神ユーリーとかセーディラの

可能性もあるのですね・・・。そしてまだまだ企みを含んでいるらしい

サルベーン。ラストバトルは、エドvsサルベーンかなぁという構図が

なんとなく見えてきました。サルベーンの望みはまだ見えないけど

カリエとセーディラがザカリア女神に打ち勝った時

もしくは、女神との共存が可能になったときでも

それはそれでサルベーンの2つ目の望みなんじゃないかな。

違うな。それこそが、もしかしたら思い描いた理想?

喪の女王 3 (コバルト文庫 流血女神伝)
須賀 しのぶ
税込価格 : \540 (本体 : \514)
出版 : 集英社
ISBN : 4-08-600718-5
発行年月 : 2006.2
@niftyBOOKS~アット・ニフティブックス

人気の高いバンディーガ女王の過去が少しずつ見えてきましたが

イーダルの出生の真相は、修道院にその影をチラリと見せただけ。

しかも、女性の修道院の懲罰房の肖像画って、どういうことかしら?

昔、修道院に預けられたという2人の位の高い女性。

この2人か、カリエを世話している2人のシスターが鍵でしょうね。

サルベーンにしろ、このシスターたちにしろ、修道院に私が持つ

イメージとはものすごーくかけ離れた人格と人生の持ち主たちで

・・・これから修道院とか尼寺を見る目が変わりそうです、良い意味で。

でも、いくら己が傷ついても、逃げ場にしてはいかんとも思う・・・。

宗教のお話。ユリ・スカナ編に突入して、ザカリア、タイアス(オル)

ユーリーという、そりゃ見事な親子関係が、はっきりしました。

ユリ・スカナは多神教。日本と同じです。だから異国を受け入れやすい。

納得です。どうなんだろう。悩みますね・・・。日本人の私が悩むのだから

外国人から見た日本人は、もっと悩む存在なんだろうなぁ。

「唯一絶対信じる神がいない」という事実。神頼みとかお参りとかはある。

でも、それはとても節操がなくて、宗教さえも「郷に入っては郷に従え」

ユリ・スカナは軍事国。日本も意外と軍備は整った戦争放棄国。

戦争には参加しない。この主義を、私は良いと思ってる。

世間には、良い、先進的だと思う意見と、逃げだ!という反論と

じゃあ、その軍備はなんなのさ?という疑問、たくさんの声がある。

だけど、そう。バンディーガの望みは、戦争とか国の繁栄ではなくて

人民の心の教育、発達、知識を欲する意欲。・・・ああ、書いてて

ネフィシカの気持ちも分かってきたかも。お母様のお考えは素晴らしいけど

あまりにも・・・崇高すぎる。遠い道のりを早駈けしすぎてしまっている。

そうなのかもしれない。でも宗教を逃げ場にしてはダメですよ、王太子。

己が努力して傷つけば手が届くかもしれない理想を追い求める強い心。

バンディーガとサルベーンは似た者同士なのかな。次は夏頃。

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フルーツバスケット(19)

心が折れるということ。バラバラになるということ。

こんな想いをするくらいならいっそ、と、思い切れてしまうこと。

生きていれば、辛いことだらけで、苦しくて、悲しくて

失うことが怖くて、手に入れることも出来なくなって

そうすると、自分が生きている価値が分からなくなって・・・。

フルーツバスケット 19 (花とゆめCOMICS)
高屋 奈月
税込価格 : \410 (本体 : \390)
出版 : 白泉社
ISBN : 4-592-17889-0
発行年月 : 2006.1
@niftyBOOKS~アット・ニフティブックス

最初にフルバを読んだとき、6巻くらいまで出てた頃ですが

癒された、泣いた、感動した・・・と感じていたけど、今は違います。

読むたびに、考えます。透のこと、十二支のこと、自分のこと。

このお話は、ものすごいミステリーで、恋愛もあって、そして

何より一番は、心の葛藤。透、花ちゃん、魚ちゃん、十二支の一族

その家族、関わるたくさんの人たちの、心、感情、希望、未来。

ものすごく長いスパンで張られていた伏線が、ようやく見えてきて

この姿が全部明らかになったとき、その間のコミックで言うと20冊

物語の中の年月で言うと2年くらいの出会い、出来事、想い

全てが散り散りになってしまうんじゃないかという不安。

でも透なら、それも全部受け止めてくれるんじゃないかという期待。

・・・他人の善意をあてにしてはいけませんね。自分で動く勇気。

アキト、シグレ、キョウ、自分自身を閉じこめたままの、この3人が

この先、どんな言動にでるか・・・。透の言葉もちゃんと聞きたい。

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